まなゆいは数分でも効果大、定型文でのやりとりで安心なのです。
週末はいいお天気続きでお出かけされた方が多いかと思います。
私も久々にわがことにのんびりのんびり向かった週末でした。
まなゆいインストラクターのりPです。
先週は久々にまなゆいcafeに、懐かしい方が参加して下さいました。
手づくり酵素玄米ごはんに野菜カレーとサラダに煮物。
同じ釜の飯を食べると心もどんどん和んでいきますね。
はじめてこの場所に来てくださってから今までの近況報告と今後。
雑談の中にも話に花が咲いてそれはそれは楽しい時間でした。
まあ、通常のお友だちならこれでおしまい!ですが、
そこはさすがまなゆいcafe。
最後に2分リレーまなゆいというものをしました。
参加者さまはまなゆいのベーシック講座も終了されているので
まなゆいの定型文的聴き方、話し方にはなじみがあり、
サッと自己内対話法に切り替わっていきました。
(私はまなゆいは自己内対話法だと思っています)
(話し手)「◯◯と思った私を受けいれみとめゆるし愛しています。」
(聴き手)「私はそう思った△△さんを受けいれみとめゆるし愛しています。」
この定型文的なやりとりでまなゆい対話はすすんでいきます。
◯◯というところに言いたいことをそのままあてはめて話していきます。
ウソのようなホントの話ですが、この単純な定型文が安心を作り出すのです。
だって、話し手は何を言っても絶対に否定されないからです。
だからその繰り返しの中で、誰にも邪魔されず、
本当は自分はどう思っているのかと自分自身に問いかけていく作業に入っていけます。
いわゆる自己内対話となっていくのです。
話したいことをそのまま話してもただただ聴いてもらえる。
そんなことって、大人になった今はほとんど体験できないことですよね。
さらに何度も何度も「愛しています」と言ってもらえます。
それは本当に嬉しいこと。
子ども時代の愛されていた、守られていたようなあの感覚に戻れるのですから。
この感覚はオキシトシンというホルモンが分泌されているときに感じるものです。
(オキシトシンは愛情ホルモンといい、今脚光をあびつつあります。)
意見もできない
寄り添い安心を与える
実は自分もオキシトシンがでてきて嬉しくなるのです
ということでたったの2分のまなゆい対話で話し手はなんだかふんわり腑に落ちた。
聴き手も話し手の姿からほんとうにうれしくなった。
で、次の2分で話し手と聴き手がチェンジしてまたまなゆい対話。
リレーまなゆいはつづけて話し手が変わっていくのですが、
人間っておもしろいもので前の人の話の中でちゃんと自分に必要なワードを検索して
自己内対話の手がかりとしているのです。
だから、そのときに参加されている構成メンバーは
その日のその時間一緒にいるということだけで、とてもご縁があり繋がっていて
のちのちに何らかに発展していくことも多い関係性となっていくことが多いです。
ということで、ざっと今回のリレーまなゆいのお二人の内容は
お互いに今の自分をそのままで大丈夫とみとめていけば良いのさ・・・。
どんなに情けなくっても、すぐに成果が出ていなくっても
それさえも認めていけばその事自体が大きな自己変革になっているのだよね・・・。
ということでした。
そうなんですよ。
どんな自分だって大丈夫。肩の力を抜いて、自然体のあなたはそのままで素晴らしい存在。
だって、のりPのご飯をおいしいといって食べに来てくれることが
私を支えてくれているのですから、お互い持ちつ持たれつ。
その存在に感謝です。
のりPは、また今回の様子も写真を撮り忘れました〜。
でも、写真がなくてもcafe開催したことは事実!それだけでいいのです、私。
いつもおこしくださるみなさま、ありがとうございます。
次回のまなゆいcafeは12月26日火曜日18時半〜。
今年最後です。ご予定しておいてくださいね。
ではではまた〜。
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